★各項目は上のタブ↑をクリックしてご覧下さい★

【新着情報】救える命を救うために~PAD(市民による早期除細動)をUP

【新着情報】北陸遠征記「NPO法人命のバトンとの初コラボ」をUPしました。

【新着情報】「バイスタンダーへの心のケア」をUPしました。

「G2015の胸骨圧迫は、あの名曲で!」をUPしました。

「死戦期呼吸は胸骨圧迫開始のサイン!」をUPしました。

「つながった!命のバトン」~フットサルの試合中に発生した心臓震盪による心肺停止事例において、迅速なPAD(市民による早期除細動)により、倒れた選手が完全社会復帰なさいました。まさに、スポーツ現場で発生したアクシデントに対する「お手本」となる事例でした。「心臓震盪」の原因とその対策とともに緊急特集しましたので、上のタブからご覧下さい!

【リテイク版UP】旧HIGEさんHPで好評の「シアトル救急見聞録」の2015年リテイク版」をUPしました。

★HP閲覧回数が4,000回を超えました!皆様のご声援に感謝します!

<HIGEさんのスポーツ救命救急・History>

 2002年のバスケットボール大会で、自らがバイスタンダーとなった救命事例をきっかけに、2003年に「バスケットボールの家庭教師」(現ERUTLUC)代表の「よしかずさん」と出会い「バスケットボールの家庭教師」HPの1コーナーとして、一人でも多くの人に「心肺蘇生法」や当時の日本では、まだ一般の人々が使用できなかった「AED(自動体対式除細動器)」のことを知ってもらうことをテーマにスタートしました。

 2003年の10月には、当時(今も)世界最高の救命率と救急救命システムを誇っていたアメリカ合衆国のシアトルへと渡り、なぜ今日のシアトルができあがったのかを見聞してきました。

 私がシアトルで学んだことは、消防機関とシアトル市、そしてシアトルの市民が一体となって命を救うというシステムでした。シアトルでは小学生の頃から「BLS(一次救命処置)」を学び、人口の6割近くの人々がBLSの知識を有しています。

 

 そのため、「バイスタンダーCPR」の実施率は、なんと50%以上(当時の日本は5%以下)救命率は年間平均30%(当時の日本は7%以下)という世界最高峰の救命率を誇り、CPR(心肺蘇生法)という言葉はシアトルの一般家庭では日常的に使われ、小学生でも知っているという、まさに「救命都市」でした。

 シアトルでは、多くのことを学びましたが、日本との決定的な違いは救急車が到着するまでの「病院前救護システム」にあることを痛感しました。

 当時の日本におけるバイスタンダーCPRの実施率は5%未満という低さでしたが、この低さの原因は「CPRができない」ということではなく、「どうしたらよいのかを知らないからできない」ということが最大の原因だと感じました。

 

 そんな思いから、一人でも多くの方々にシアトルのこと、BLSのこと、AEDのことを「まずは知ってもらおう!」ということを目的に「シアトル救急レポート」をHPに掲載しましたが、そんな時、私のHPをご覧下さった「命のバトン」のさくらさんとの出会いがあり、さくらさんとの交流が始まりました。

 さくらさんとの出会いから、さらにたくさんの出会いと交流が生まれ、全国各地で同じ「想い」を持った多くの方々とのネットワークがつながりました。

 そんな、たくさんの方々の出会いに支えられてここまで育てて頂いたHPですが、HP開設から14年の月日が経ちました。

 2004年の7月には、ようやく日本でも一般の方々がAEDを使えるようになり、今日では「AED」という言葉もしっかりと社会に根付き、たくさんの命が救われるようになりました。

 

 HPの開設当時を思うと、本当に夢のようですが、多くの人たちの「想い」が結集したからこそ、今があるのだと思います。全国各地でBLS(一次救命処置)やAEDの普及に携わってきた多くの皆様に対しまして、心より敬意を表します。

「AED」という言葉も広く一般に普及し、今では「駅」や「体育館」など多くの人が集まる場所はもとより、学校関係にも当たり前のように配備されるようになりました。2003年にHPを開設した当時は「子どもに心肺蘇生法なんて、できっこない。ましてAEDなんて絶対に無理」という世の中でしたが、今では「子ども達こそが未来のBLSの担い手になる!」という考え方に変わり、日本のあちこちで、子ども達に対するBLS知識の普及や講習会が開催されるようになりました。

 また、市民ボランティアの協力による救命講習会の開催や、市の教育機関や医師会とタイアップした救える命を救うための取り組みも各地で始まっており、BLS普及の輪は確実に広がっています。

「ひとつでも多くの命をつなげ、救いたい」という想いを持ったたくさんの方々が、各地で地道な草の根活動をして下さった結果だと思います。

 このHPを開設した当時、「一人でも多くの人達にBLSの重要性やAEDを知ってもらうこと。」という目標を、このHPがほんの少しでもお役に立ち、その使命を果たせたとしたならば、こんなに嬉しいことはありません・・・・

 

 とはいえ、シアトルの背中は見えてきたものの、まだまだ追いついた訳ではなく、今がゴールではありません。どうしたら、もっとシアトルに追いつけるか、どうしたらもっともっと救える命を救うことができるのか・・・・HPを休業していた期間中に考えたこと、学んだことを、これからもひとつずつ、ゆっくりとやっていきたいと思います。

 

 その考えのひとつが救急救命士有資格者が消防機関を退職した後の人材活用法です。

 今後10年間、私もですが、豊富な現場経験と救命の知識を持った多くの救急救命士たちが、定年を迎えて退職していくことになりますが、退職するまでに培った多くの知識や経験を、どうやってBLS普及や、スポーツ現場の安全などに役立て、社会に貢献できるだろうか?そんなことを「未来への提言」としてUPしましたので、よかったらご覧下さい。

 

 最後に、私の活動の原点となり、くじけそうな時や困難にぶつかった時、いつも私に「力」を与えてくれた「命のバトン~a message from saori~」をご紹介します。

どうか、この「命のバトン」を受け取って下さい。 

 そして、たとえゆっくりでもいいですから、一歩ずつ一緒に歩んでいきましょう。

 つながる命をつなげるために、救える命を救うために(HIGE)

   命のバトン~a message from saori~

 HIGEさん

 プロフィールへ

MENU

★2015・リテイク版

アメリカ救急見聞録

★今後、定年を迎える多くの救急救命士の社会貢献についての提言です。